お侍様 小劇場 extra

    “冬も間近” 〜寵猫抄より
 


そういえば、今日は七五三ではなかったかと、
最寄りの神社の境内前を通りかかった折に思い出した七郎次で。
一際大きいのが御神木でもあるのだろう、
何本か植えられた銀杏の色づきがそれは美しい中を、
可愛らしい晴れ着を身にまとい、親御に手を引かれた幼子が、
ちょっぴり含羞みながら、それでも嬉しそうに
次々と参拝なさっているのが望めて。

 “そっか、日曜と重なったから。”

丁度お休みだからと、この日にお参りをと思ったご家庭も多かったようで。
男の子は一丁前にも紋付き袴、
女の子は、鹿の子絞りの紅絹のおリボンに
銀の細かい短冊がゆらゆら躍る髪飾りなどで、
お正月のおめかしのように結われた髪も愛らしく。
今日は冷えるからか、
襟ぐりが四角く開いた前合わせの 和装のコートも羽織った上で。
真っ白な足袋と 下ろしたてだろうお草履の足元を心許なく動かしながら、
細かい砂利をしゃくさく踏みつつ、奥のお社までを進んでく。

 “銀杏を観に来ようかと思ってたけど。”

久蔵とクロのお散歩に、も一度 出かけようかなんて思っていたけれど、
子供が多いようなら今日はパスかなと肩をすくめる。
仔猫たちもいじられて辟易しそうだし、
親御さんたちも衣装を汚さぬかと気が気じゃなかろうし…と。
肩から提げてたトートバッグをひょいと揺り上げて、
少しほど口許をほころばせたまま 帰途につくお兄さんだったりし。
慣れ親しんだ町なかの中通りを進み、
少し古びた塀が長々と続く道の先。
純和風とも言い難い、だがだが洋館とも言い難い、
和洋折衷の外観は昭和モダンか大正モダンか。
どっちにしてもノスタルジックな古さを感じさせるお屋敷が、
自分にとっては この上なく心休まる我が家であり。
少ぉし冷たい風も吹いてた戸外から、
重々しい扉を開いて玄関へと入れば、
風の音もずんと遠ざかり、何物からも匿われたような気がしてホッとする。
上着を脱ぎつつ段差の高い框を上がって、ようよう磨かれたお廊下を進めば、
庭の景色を広々と望めるリビングの空間が
“さあおいで”と双腕広げて待っててくれて。

 「久蔵、クロちゃん、ただいま。」

スリッパを鳴らして上がってきたのだ、
ちゃんと聞こえているのだろうに、すぐには何の反応もないのが、
七郎次へ“やれやれ”との苦笑を誘う。
隣のダイニングへ一旦引っ込み、トートバッグを下ろすと手を洗い、
冷蔵品や食料品を所定の場所へと仕舞って、さて。

 「お〜い。寝てるのかなぁ?」

こちらも様々な庭木の秋の装いを堪能出来る、
大きな掃き出し窓に沿うたフローリングの広間へ戻れば。
ソファーセットを壁際へと追いやって、その代わりにと出したばかりの
フロアマットつきのこたつセットが、これからの主役としてでんと鎮座している一角。
こたつ布団の端っこを枕にして、黒猫のちびちゃんがころんと丸まって眠っており。
クロちゃんだけかなと、周囲をぐるんと見回すと、

 「…お。」

天板に挟まれているこたつ布団の一辺が、
ぽこぽこと出っ張ったり引っ込んだりをしていて。
どうやら内側からぽすぽすと押されているものと見受けられ。

 「どうしたのかな。」

傍らへ膝をつき、ど〜らとめくり上げれば、
いきなり明るくなったのが不意打ちにでもなったのか、
一瞬、何だなんだと狼狽えたように身じろぎを見せた
それは小さなキャラメル色のメインクーンさんが、
覗き込んだ七郎次をびっくりしたよに見上げてくる。

 「みゃう。」
 「全身で潜り込んだらいけないよって言ったのに。」

自分で出られなくなったらどうするのと、
それでも自力で出てくるのを促すように、布団を持ち上げて待ってやり。
とたとたと出て来てお膝に前脚を乗っけるのを、もうもうもうと抱き上げて差し上げる。
まだスイッチは入れちゃあいないが、
それでもこの小さな身では、布団の重さに対抗できぬかもしれぬ。
出られないようとパニックを起こしたり、
閉じ込められたとトラウマになったりしたら可哀想だと、本気で思っている辺り、

 “こたつといや猫がつきものという感覚はないのかな、あやつには。”

昨日、一緒にこのリビングのお片づけを手伝った、
年末進行も順調に消化中の作家せんせえが、
くすぐったそうな苦笑を見せたれど。

 “昨日といや、”

陽が落ちてから妙に生温かい風が吹き、
いくら昼の内に模様替えでバタバタしたとはいえ、
そのくらいで疲れたもないだろう七郎次が
早々とこたつについたまま寝落ちしてしまい。

 『……っ。』

自分から小さな頭を手のひらへすりすりとくっつけて来、
撫でてよぉと甘えかかっている同んなじ仔猫様が、
ふっとその佇まいを冴えさせたかと思うや否や、

  しゃりん、じゃきりと

瞬きの前後で全く違った存在へと早変わり。
真紅の長衣の下へ七彩の小袖を重ね着た、
長身痩躯な青年の姿に変わったのみならず、
しなやかな双腕のそれそれの先へ、
細身の和刀を抜き身で握っての、すっかり戦闘態勢に入っており。

 『主よ、邪気がやって来る。』

こちらもまた、
結構広いはずのリビングを埋め尽くすほどもの大きな姿へ変化していた黒猫さんが、
その巨体で人である存在二人を覆い隠そうと構えてくれており。

 『…っ。』

大妖狩りという本来の姿に戻ると その身の素養も変わるのか、
ガラス窓をするり突き抜け、
庭の木々を大きく揺さぶる何物かに向け、真っ直ぐ突っ込んでいった久蔵が、

  ぎゃあぁぁあああ…っっ!!

斬撃も鋭く、闇夜の漆黒引き裂いてしまったそれがため、
何物かは知らねど、身をやつすのにと まとっていたらしい目晦ましが剥がされたその反動、
凄まじい圧が弾けて一気に押し寄せて来。
何が何だか把握する間も与えれらぬまま、伴侶殿を庇って結界を張った晩でもあって。

 「……。」

やはりやはり、朝起きたらそんな騒ぎなぞ全く知らぬままだった七郎次。
こちらとしてはそれでいいのではあるが、
あれほどの騒動を久蔵の方でも欠片も抱えてないのがいっそ大物だなぁと
今更ながら感じ入ってた勘兵衛でもあり。
廊下の刳り貫きから、そんな母子のいかにも長閑な和みっぷりを眺めておれば、

 ≪七郎次様には、時折 久蔵が猫に見えぬからでは?≫

いつの間にやら足元までやって来ていた小さい黒猫さんが、
傍から聞く分には にいみいといういとけないお声で鳴いて、
御主の言へ言わずもがなな合いの手を入れていた、
毎度おなじみ、島田さんチの穏やかな午後の風景でございました。






   〜Fine〜  15.11.15.


 *関東地方は あんまりいいお天気ではなかったそうですね。
  フィクションの世界のお話なんでどうかご容赦を。
  途中で立ったり座ったりしつつ書いたせいか、
  まとまりがない出来になったのがちと悔しいです。
  季節の変わり目、皆様体調を崩さぬよう、ご自愛を。

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